まっさらなキャンバス、すべての絵画はそこからはじまる

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歴史・背景

「木」から「糸」への遷移

まず、絵の具を塗る面を形成している物質を総称して「基底材(支持体)」と呼びます。
現在キャンバスは代表的な基底材として使われていますが、
現れだしたのはルネサンス後期15世紀最後〜16世紀初めとされており、
それまでのテンペラ画や油絵の主な基底材は板でした。
西欧の絵画はどちらかというと厚塗りを好む傾向があり、重量のある絵具層を支える為には丈夫な素材が必要です。
やがて絵画史に名を刻む大型絵画の制作が登場し、大型の良質材が入手困難になります。
また海上交通の発展とともに、帆布用で丈夫な幅広い布地の加工や紡織技術が発達し、
基底材の板は手に入りやすく軽い布地に代等していきます。
これらのタイミングが糸の様にうまく寄り合い、基底材の文明は大きな一歩を進めました。

麻とキャンバス

キャンバスは主に「亜麻布」を用いますが、この繊維を顕微鏡でみると竹のように所々に小さな節があり、
それが糸によったときに滑り止めとなり織目がずれにくく、絵具の固着力を助けるとされています。
昔、亜麻(リネン)はエジプトから地中海を経てヨーロッパに伝わりました。
インド・中国・東南アジアでは、黄麻(ジュート)・大麻(ヘンプ)・苧麻(ラミー)が普及していましたが、
繊維の硬さや太さを比べてもキャンバスに適しているのは亜麻でした。
日本においての亜麻の歴史は浅く、江戸時代に薬草園で栽培されたり、明治初期に繊維用として北海道から生産されはじめましたが、
量としてはあまり多くは作られず、現在もキャンバスの亜麻はほぼ輸入に頼っています。
先述の画材図録の記事「高知麻紙」にも麻が使われています。日本画絵具も塗り重ねるうちに重量がかかるため、
麻のようなクセのある素材でないと基底材の強度を高められません。

基底材と支持体の呼び方の違い

画箋堂では、キャンバスやパネル・画用紙など、絵画を支える材料のことを基底材と呼んでいます。しかし一般的には支持体という呼び方もあります。どちらも同じ意味で厳密な違いは無いようです。これは余談ですが、約30〜40年前昔からお世話になっていた株式会社 和蘭画房の志村正治様(絵画修復をされている工房)が作成された「基底材」という研究ビデオがあり、なんとなく弊社で基底材という呼び名が主流になっていきました。志村様も、基底材という表現については、「新版・油彩画の技術 グザヴィエ・ド・ラングレ著 黒江光彦 訳」という書籍を参考にされたということです。

VICアートとは

VIC(ヴィック)アート販売株式会社は、平成19年7月に設立された会社です。
主に描画用キャンバス生地・張りキャンバス・木枠・画用液の販売をされております。
キャンバスの業界に入ってからは7〜8年目になるそうですが、
弊社では個人の作品制作から学校用教材・加工用商材として、VICさんの基底材は今や主力商品です。

元々は「ヴィック画材工業」という会社があり、当時はクレサンジャパン・シンワ(クレサンのキャンバスを製造)・VIC 画材工業の
3社でキャンバスを製造していました。その中で研究されてきたキャンバス製造技術と、当時から協力していた
工業用繊維関係の関連貿易会社で、長年培われてきた繊維の品質・在庫管理、配達のノウハウを組み合わせれば、
1つの企業として成り立つという経緯でヴィックアート販売株式会社が設立されました。
現在、これらの会社はそれぞれに分かれています。

VIC アート販売株式会社

https://www.vicart.co.jp 代表取締役 永井幹夫
神奈川県海老名市本郷に位置する。
海老名駅から車で約20分
社員は14名ほど。

原料について

木枠の素材

木枠は中国の山東省からの輸入で、ポプラやロシアンパインの産地であり、VICの張りキャンバスにもこの地で製造された桐木枠が使われています。桐木枠はとても軽くて扱いやすいですが、目が詰まっておらず硬くないために、タックを打ち込むと簡単に穴が広がり、何度も張り替えが効きません。その分価格帯が安く、広く普及されています。

生地の素材

麻の材料は現在東ヨーロッパから輸入され、中国で紡糸され、生地が製造されています。

キャンバスができるまで

VICさんの工場には常に大量の木枠・キャンバス・麻生地が在庫されていますが、
どのような流れで生産されているのでしょうか。
キャンバスが出来上がるまでの模様を見てみることにしましょう。

1キャンバスの地塗り

キャンバスは、布地の上に地塗り処理をほどこして初めて描画が可能になります。布地のまま描いても絵の具が繊維の隙間を通ってしまい、定着もせずうまく描けません。紙も同様で、目止めをしないと使用することはできません。

キャンバスは1本あたり100Mほどありますが、これらをミシンで縫合してだいたい300Mほどの巻きにします。
近年は質が落ち、糸のほつれ・巻き方が悪いものもあるので、不良でないかどうか細心の注意を払います。

地塗りをするための大掛かりな機械です。動かすと自動的に布が送られていくため、ローラーに生地をセットしていきます。
これから布地に白色の地塗りをほどこしていきますが、事前に繊維にEVA(エチレンビニルアルコール)で目止め処理がされています。
これは水に溶けない性質があります。また酸化チタンを加えることにより、布の地色が見えにくくなるように処理するそうです。

EVAとは?

エチレンビニルアルコールで、EVOH・エバールと呼ばれます。酸素や水を通さない透明性の高い素材として、食品包装用のフィルム・シートや容器として使用されているバリヤ材です。よって繊維の目止めとしては最適と言えます。

こちらが上塗りの塗料になります。キャンバス地の白、あの白色です。
旧来のノウハウとヴィックアートと塗料メーカーとの独自開発したアクリル系エマルジョンに顔料、無機充填剤等を混合したオリジナルの上塗り材です。アクリル系エマルジョンは主成分はスチレンアクリル共重合エマルジョンです。アクリルとスチレンを共重合することにより、二つの樹脂の特性が独自の風合いができました。硬さ、光沢、耐候性、耐水性、耐摩耗性、分散性に優れています。

布地に均一に塗付されるように、塗料を流し込んでいきます。

左に見えるのは塗料を強制乾燥させるためのテンターという機械です。
こちらに布地を送っていくために、無数にあるムカデのような「クリップ」に布地の両端をセットします。

機械を動かすと、布地に地塗りがほどこされると同時にテンターの中に送られていきます。

  • テンターはなんと全長約20Mもあります。川上鉄鋼製の国産の機械で、かれこれ40年選手だそうです。修理するにしても全国で2〜3社ほどしかおられないとのこと。機械の中は塗料の乾燥に一番適しているとされる90℃に設定されています。

  • 写真は窓から中の様子を覗いたもので、ガスを使用されています。ちなみに1本の布地に対し、しわをのばすのに1〜2回・塗付した目止めを乾燥させるために1回・最後の地塗りを乾燥させるために1回、計4〜5回テンターを通すそうです。

テンターをくぐってきた乾燥されたキャンバスを、今度は逆に巻き取っていきます。

巻き取る際、キャンバスの裏側から光を当て、布地にピンホールがないかどうかをきちんと確認します。

  • 地塗りが完了したキャンバスロールを10Mごとにカットしていき、ようやく商品としての形ができあがります。

  • VICさんには目の細いものから荒いものまで、多様なキャンバス地がありますが、塗られている地塗りはどれも同じです。

2裁断する

キャンバスは既成のサイズにカットします。

3キャンバスを張る

手張りの工程

0号〜10号まではキャンバスを張る専用の機械を使いますが、生産できるサイズに限りがあるため、12号以上のサイズは意外にも全て手張りです。職人さんがタック(釘)を手際よく打ち込んでいきます。そのスピードは30号のサイズでおおよそ4〜5分ほどで張ってしまうそうです。

木枠にはあらかじめタックを打ち込む位置が、鉛筆で書かれていました。

これらの写真を見ていただくと、電気ヒーターのすぐそばで作業されているのが分かります。これは布地を張る前に温めて繊維を伸ばし、その状態で張り込むことによりキャンバスのテンションを保つためだそうです。取材時は冬でしたが、なんと夏でも同じ条件で作業をされるとのことで、いかに大変かが伺い知れます。

機械張りの工程

0〜10号までのサイズはキャンバス張りの機械を使い、より素早く大量に生産していきます。
基本的に二人で作業します。

一人がキャンバスの「短辺」を機械で張り、その後もう一人が「長辺」を張る。
役割分担してリズムよく作業を行っていきます。

ここでもキャンバスを張るまえに、布を温めておきます。

機械上部には、あらかじめタックが大量に配置されており、機械が動き出すと、タックが自動的に送り出されていきます。
その様子はさながらパチンコです。

以上の作業を繰り返します。小さいサイズで1日だいたい400〜500枚は張れるとのことです。

4梱包と在庫

発送の際の梱包は、基本的には木枠に使われるダンボール箱を再利用しながら行います。
違うサイズの張りキャンバスを組み合わせてまとめたりしながら、できるだけ経費のかからないように工夫されています。写真のダンボール箱にはF4の木枠が36枚入りますが、張りキャンバスを入れる際は布地の厚みで膨らむため、30枚しか入りません。

VICさんは普段から張りキャンバスや木枠を豊富に在庫されておられるため、納期にもよくご対応いただいています。
例えば木枠100号なら400〜500本も常備されています。

5品質への取り組み

工場をご案内いただいた永井社長と、キャンバスの現状を話しました。近年価格は安くても安全性や質はきちんと水準を満たしていることは前提で、消費者の目線はより厳しいものになっています。VICさんのキャンバスは、作家の制作用から教材用といった幅広い層にお使いいただけるように、価格も抑えめの普及用として生産されていますが、質が落ちてしまっては意味がありません。VICさんの商品については、安全データシートがきちんと発行されており、耐候性も保証されています。

地塗りの塗料についてですが、基本的に油彩もアクリルも兼用で描けます。しかし油彩を描かれる方の中には、兼用という性能に不信感をもたれてることもよく聞きます。VICさんのキャンバスには油性タイプも展開されています。塗料はこれまでと一緒で、最後にリンシードオイルエマルションを1割ほど入れるそうです。乳化剤としてまぜることにより親水性があるため、よくまざるのです。

また地塗りに兎の膠を使えないかという声もあったそうですが、先述に出てきたヒーターの強制乾燥では、動物の膠といったものは匂いも発生するでしょうし生産ラインが回らなくなる恐れがあるので、難しいだろうということです。

日本の気候は湿度があり、布地が伸びるために張るのがそこまで難しくありません。それに比べて海外のキャンバスはとても硬く、日本のキャンバスに慣れている人にとっては、張るのに非常に難儀するそうです。生地が硬いと、地塗りが引っ張られて角でクラックを起こす場合があります。VICさんのキャンバスは、クラックを起こさないように柔軟性があり、そこまで強くもなくゆるくもない絶妙なテンションで作られています。

あとがき

おなじみのキャンバスを調べました。お忙しい中親身にご対応いただき、
貴重な現場を拝見させていただきました。ここに厚く御礼申し上げます。

近年、世界のアートフェアで、間違った画材の使い方で絵の具が剥落したり、
作品が商品としての質の基準を満たしていないといった問題も起こっており、安く手に入れたいが
質は良い物を求めたいという消費者の厳しい目線が顕著になっています。
昔のキャンバスといえば「フナオカブランド」がありましたが、残念ながら2年ほど前に営業を終了されました。
画箋堂ではこの品質に対応し、より多くの方々に描いて頂けるような商品として
ヴィックアート販売さんのキャンバスをお勧めしております。
安全データシートにもありますが、保存にも適応しており、価格も抑えめです。

今回、工場を見学していると、より多くの方々に絵を描く魅力を感じてもらえるように、
生産効率を考え、かつ品質が低下しないように細心の注意を払い、
研究を重ね続けるその熱意がひしひしと伝わるようでした。

ご購入について